フィリピーナ恋愛実話

フィリピンパブとKEE第一話 フィリピン人との接触(プロローグ)

私は、フィリピンパブでボーイとして働いております。ボーイというのは、キャストとお客様あっての存在。キャストとお客様の過ごす一時のために陰ながら精一杯サービスをご提供する。そんな華やかな夜の世界の黒子なのです。そのボーイである私が、あろうことか、お店のキャストのフィリピーナに熱い慕情を抱くなんて。私の犯したこの罪は許されるのでしょうか。最愛の彼女にはものの見事に、振られましたけどね。フラれてもなお、依然として僕の胸には、熱い何かが渦巻いています。今回からは、私がフィリピンパブで働きながら、あろうことに、お店のフィリピーナに恋に落ちて、フラれるまでのストーリーを恥も外聞もなく書いていこうと思います。
作って食べるフィリピン料理

豚の血を使った栄養満点のスープ!!ディヌグアン 精力つきそう(笑)

さて気になるお味の方は!!豚の血を使っているせいか味に深みがあり、豚バラとの組み合わせが抜群です。今回も本場調にお酢をたくさん入れたので酸味は強めです(^^ただ、モツを入れたのは少し失敗でしたね。あまり、マッチしませんでした(-_-;)でも豚の血を食べれるなんて貴重な経験でした(^^全く臭みもなく食べやすく美味しかったです。
フィリピンの歴史

フィリピンの歴史 ホセ・リサールの生涯と民主化運動に揺れるフィリピン

当時のフィリピンでは、修道会の搾取に反発する人々が反修道会運動を展開していました。リサールが帰国したころの1887年になるとマニラには植民地行政の改革を支持するスペイン政府の官僚がフィリピン総督府高官として派遣されてきました。反修道士運動は、これら改革派の総督府高官の協力を得てますます過激になりました。しかし、彼らが修道士に加えて大司教追放のデモを行ったことで、スペイン官吏の反発を買って、反修道会運動は一転して危険思想とみなされることとなりました。リサールは消極的ではありますが、当時の総督テレロ(在任期間1885-1888)に支持されていました。この動きにはフリーメーソンの影響が大きくかかわっていました。リサールを理解していたテレロ総督もフリーメーソンのメンバーでありました。しかし、ノリ・メ・タンヘレが反植民地的だとスペイン植民地支配層から問題にされて、リサールは身の危険を感じたためにテレロ総督の自主的な国外退去の勧めも受けて、1888年27歳の時に再び留学へ旅立ちます。
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作って食べるフィリピン料理

アディダスのロゴに似てる鶏の足を使った珍味!?もみじのアドボ・激うま!

フィリピン料理シリーズも7弾目です!様々な料理を作ってきましたが、フィリピン料理を美味しさ・面白さを少しでも皆様にお伝えできれば、幸いです。さて、今回はアドボです!!アドボはフィリピンの代表的な家庭料理です。このアドボとは、マリネを意味する単語で、フィリピンの肉や野菜の煮込み料理の名称でもあります。お酢が使われることが多く、常温での保存性を高めた料理です。語源はスペイン語で「マリネする」または「漬ける」を意味するアドバルから来ています。材料は骨付きの鶏(手羽)か豚(豚足)のいずれかを使うのが代表的で、鶏肉と豚肉を両方使うこともあります。今回は、日本ではなじみの薄い、鳥の足(日本語=もみじ、フィリピン語=アディダス)を使ってアドボを作ってみました!!フィリピンだと鳥の足が、アディダスのロゴマークにに見えるのでアディダスと呼ばれている様です!見た目に騙されてはいけません(笑)案外行けますよ!
事件・犯罪

フィリピン現代史に刻まれた極悪町長事件:アントニオ・サンチェスの闇と正義

1993年6月、ラグナ州カラウアン町長のアントニオ・サンチェス元町長は、当時フィリピンの大学生アイリーン・サルメンタとボーイフレンドの同じく学生のアラン・ゴメスを、地元警察を使って拉致します。拉致された二人は、町長が所有うするバランガイの農場に運ばれます。アイリーンは町長の元に連れて行かれ、地元警官は町長に「贈り物です」「彼女はすべてあなたのものです」と言った。その後彼女を、強姦し取り巻きに返すと取り巻き立ちによって集団レ〇〇されます。レ〇〇が終了するとアイリーンとアランは射殺されます。この事件によってアントニオ・サンチェスは禁固280年の刑期を課せられます。2020年、コロナ渦の影響でフィリピン政府は、約11000人の受刑者を仮釈放すると発表、その中に、25年服役中のアントニオ・サンチェスが入ってて大きな問題になった。ドゥテルテ大統領はこれに対し激怒、未だにサンチェスは檻の中である。余談ですがサンチェスは、コロナに感染してニュービリビッド刑務所で隔離されていた。今はもう出てきたと思います。人を2人殺してレイプまでして25年で仮釈放とは、さすがフィリピンと思ってしまった。実際には出ていないが、フィリピンなら出れてしまうのかなと思うと怖い国だなと思う。
フィリピンパブへ潜入

🏮【現地密着レポ】フィリピン・マラテのKTVを経営して見えた“歓楽街の真実”

最初に店長やママにシステムを任せて決めるというのが一番の失敗でした。これは世界共通の問題ですが、能力がないのに自分をよく見せて報酬を上げようとするゴマすりの手法を使ってくることがあります。私のように右も左も分からない人間はそれに騙されてしまったのです
ドキュメンタリー

フィリピン第10代大統領 フェルディナンド・マルコスとは何者か?

〜開発と独裁、栄光と転落の軌跡〜はじめに20世紀後半のフィリピンを語る上で、フェルディナンド・マルコスの存在は避けて通れません。彼は1965年から1986年まで20年以上にわたってフィリピン大統領を務めた、まさに“強権の象徴”とも言える人物...
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華麗なる人生の裏側――イメルダ・マルコスの生い立ちと波乱の生涯

はじめに「3,000足の靴を持つ女」として世界に知られたイメルダ・マルコス。だがその華麗なイメージの裏には、貧しい少女時代、フィリピンのファーストレディとしての栄光、そして権力の喪失と法廷闘争という波乱万丈の生涯が隠されています。この記事で...
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【徹底解説】フィリピン・ボンボン・マルコス大統領とは何者か???

〜その生い立ちから現在の政策、中国・日本との関係まで〜■ はじめに2022年、フィリピンにおいて圧倒的得票で大統領に就任したフェルディナンド・"ボンボン"・マルコス・ジュニア。彼の名前は、フィリピン国内外で賛否を巻き起こしてきました。それも...
フィリピンの偉人

【完全解説】ロドリゴ・ドゥテルテの生涯:フィリピンを揺るがせた“鉄の男”の軌跡

はじめにロドリゴ・ロア・ドゥテルテ(Rodrigo Roa Duterte)は、フィリピン史上最も物議を醸した政治家のひとりです。強権的なリーダーシップ、過激な発言、そして「麻薬戦争」によって、国民からは熱狂的に支持される一方、国際社会から...
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